近衛騎士団第一連隊長改め
タナトス島調査隊長、クルト・ローラン記す。 【七月二日】
ペンタウァを出て三日あまり、わが第一連隊はようやくタナトス島に上陸した。予定より一日遅れての到着は、途中ペンタルーナ海が荒れて丸一日ほど時化に煽られたのが原因である。さいわい船酔い以外の被害は無かったようだ。
だが船長によれば、この時期この航路で嵐に遭うことなどあり得ないという。妙に脅えた船長と水夫たちは、私たちをボートで上陸させた後沖合いに泊めた船に戻ってしまった。
つまり浜辺近くの野営地には連隊の騎士しかいない事になる。
胸騒ぎがするのは騎士たちも同じようだ。
かくいう私も慣れない波音に寝付けないでこの手記を書いている。
しかしペンタウァの命運は、我々の手にかかっているかもしれないのだ。流星雨の夜から異常なほど大きな魔力を帯びはじめた無人島に何があるのか。ペンタウァの人々の期待を裏切るわけにはいかない。
——陛下より賜りし至宝「奈落の剣」にかけて。 【七月三日】
総勢４６名の部隊を半分に分けて、待機命令を出しておいた。我ながら慎重すぎる判断だとは思う。しかしこの島に来てから嫌な予感がしている。用心に越したことはないだろう。
待機部隊は副官のアルテシアに任せておいた。ドワーフの女騎士で、私が全幅の信頼を置く人物である。
洞窟を二つ発見した。うち一方は行き止まりだったので、海岸沿いのもう一方を探索する事になる。洞窟の中はあからさまに異様な気配が漂っていた。ぬめりを帯びた壁といい、生臭い空気といい、ただの岩石でできた洞窟だとはとても思えない。ある程度まで探索して本日は切り上げることにした。 【七月四日】
何ということだ。洞窟の中が変化してしまっている。昨日あったはずの道が無くなって別のものが新しく出現している。製作していた地図が総て役に立たなくなってしまった。
洞窟の壁はうねりを帯び、脈動を繰り返していた。
まるで生物の腹の中に入ってしまったかのようだ。騎士の一人が剣で切り付けると、怒ったように洞窟全体が収縮を繰り返した。その直後、化け物が至る所から湧き出してきた。不定形のゼリー状のもの、臓物を一塊にしたようなもの、空中を漂うアメーバ——悪夢に出てくるようなものばかりだ。
方陣を組んで強行突破し、ようやく洞窟の外へと逃れる事ができた。
迂闊な行動をした新米騎士のヨークスには厳重に注意しておいたが、犠牲者が出なかったのは幸いだった。しかし、もはや我々の手に負える事態ではなさそうだ。船に積み込んでいる油を使って島ごと焼き尽くすことを考えた方がいいかもしれない。 【七月五日】
光を目撃したのは副官のアルテシアだった。彼女によれば夜明け直前、島の中心から真っ白な光がほとばしり、沖合いに向かって消えていったという。その時は何があったのか判らなかったそうだが、明るくなってから判明した。船の姿が見えないのである。
残骸らしきものは漂っていないので、我々を見捨てて逃げたとも考えられるが、まだその方が気が楽だ。こちらから連絡が行かなかったら、増援部隊が来る段取りになっている。
だが増援部隊を光の中に消えさせるわけにはいかない。「生体迷宮」（洞窟をそう呼びはじめた）をこのまま成長させないためにも、我々は決断をしなくてはならないようだ。
精鋭中の精鋭を１６名集めた。ありったけの油を皮袋に詰める。
火炎の魔法と併用すれば、何とか生体迷宮を焼き尽くすことができるだろう。そのためには中枢部分に向かわなくてはならない。十分な休息をとってから日が落ちるのを合図に出発する。明朝、全員が太陽神の光を見ることができるといい。 【七月六日】
おお惑星神たちよ！ こんがことが許されていいのか！？
作戦は失敗した。迷宮の最奥で待ち構えていたのは、地獄の悪魔どもだった。空を飛んで紫電を放ち、巨大な鉤爪で肉を引き裂くその攻撃に部下たちは一人、また一人と力尽きていった。こちらの剣が効かない。火炎の魔法も効かない。甘かった。私のミスだ。私が彼らを死に追いやったのだ！
残ったのは副官のアルテシアとエルフの魔法戦士ヴリークランだけ。
まだ生きている者もいたかもしれない。しかし我々は分断されて退路を断たれていた。三人で固まりながら逃げるだけで精一杯だったのだ。部隊を全滅から救うには仕方がない——何度も何度も自分に言い聞かせ涙を流しながら私は逃げた。
しかし洞窟の外はそれ以上の地獄だった。
紫色のグロテスクな物体が暁の空に幾つも浮遊していた。灼熱の閃光がほとばしり地上の浜辺へと降り注ぐ。野営地は既に跡形も無かった。ガラス状になった白い砂の中に、原形を留めぬ何かが数十体もめり込んでいる。その奇妙なオブジェに向かって、紫色の化物は繰り返し電撃を浴びせていた。まるで死者を弄ぶように。
目の奥が真っ赤に染まって、私は吼えた・・・・。
その後のことは覚えていない。話によると、私の持つ「奈落の剣」が輝きを帯び、七色の竜巻が発生したという。それが化け物どもを一瞬の内に消滅させたらしい。
ヴリーによれば、「竜殺し」という究極の魔法なのだそうだ。下賜される時に何も言われなかった所をみると、陛下でさえも秘められた力に気付かれてなかったようだ。もっと早く判っておれば・・・・胸が張り裂けそうになる。 【七月七日】
妙に安らいだ気分でこの手記を書いている。
近衛騎士団にその人ありと知られたクルト・ローランの名にかけて、陛下のご恩に報いるため、民の恐怖を取り除くため、そして不甲斐なき上司に付いて来てくれた第一連隊の勇者たちに報いるために、これからある場所へ赴きたいと思う。
その前に、昨夜までこの島にいた三人に心から詫びておこう。こんな血沸き肉踊るような戦いに参加させてやれないのだから。さぞかし私のことを恨んでいるだろう。
それにしても慌て者の新米騎士ヨークスが、生き残っていたのは驚きだった。先日の失敗を償うためにもう一方の洞窟を探索していたのだという。幸運に恵まれた若者だ。剣の筋も良く気性も真っ直ぐしている。アルテシアとヴリークランに協力して、必ずや第一連隊とペンタウァの未来を担ってくれるだろう。 もっとも腹への殴打ぐらいで気絶するようではまだまだかもしれない。
しかしヴリーの悔しそうな顔は見物だった。魔法の達人である彼の隙を付いて呪文を唱えるのは難しかったが、見事成功してくれた。私にも魔法の才能があるのではないかと嬉しくなる。万一生還できたら陛下にお暇を頂いて、ソーサリアンとしての人生に挑戦してみようか。その前にヴリーに謝らなくてはならないが。
副官には悪いことをした。どんな窮地にも眉一つ動かさなかった端正な顔が、怒りと涙でクシャクシャになっていた。帰還の魔法が彼女らをペンタウァに運ぶ直前、光の中でアルテシアが必死に何かを叫んでいたのが目に浮かぶ。魔法の効果のせいか聞こえなかったが、言いたいことは判っている。おそらく私と同じだろうから。 EXITによる疲労もそろそろ回復したようだ。
奈落の剣と共に、華々しき戦の宴に参るとするか。 | 
夜空に流星群が飛来した翌日ペンタルーナ海に異変が生じた。タナトスという無人島が、にわかに膨大な“力”を帯びはじめたのである。急遽ペンタウァ王は近衛騎士団の第一連隊に調査を命じた。隊長はクルト・ローラン。近衛騎士団にその人ありと言われている程の人物である。しかし調査隊からの連絡はいつまで経っても届かなかった。一週間後、帰還の魔法で戻ってきた騎士のうち、エルフの魔法戦士は沈みきった口調で調査隊の全滅を告げ、ローラン隊長の生死も分からないと報告した。国王はソーサリアンたちに一縷の望みを託した。
